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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和36年(う)46号 判決

被告人 新谷厚 外一名

主文

原判決中被告人新谷厚に関する無罪部分及び被告人森明広に関する部分を破棄する。

被告人新谷厚、同森明広を各懲役五月に処する。

原審における訴訟費用中証人守田長一に支給した分の三分の一及び当審における訴訟費用の二分の一は被告人新谷厚の、原審における訴訟費用中国選弁護人荒谷昇に支給した分、並びに証人守田長一に支給した分の三分の一、及び当審における訴訟費用の二分の一は被告人森明広の各負担とする。

理由

控訴趣意第二(法令適用の誤)について。

所論は要するに、原判決は無罪の理由として、刑法第九十八条の未遂罪は逃走の実行に着手しこれを遂げない場合に始めて成立するものと解すべく、本件についてみれば、被告人等が拘禁されていた第四十三房の外に脱出した場合において始めて逃走の実行着手があつたとみるべきものであるが、本件の場合同房を脱出した事跡を認むべき証拠は少しも存しないのであるから、かように逃走の実行の着手が見られない限り刑法第九十八条の未遂罪の成立を論ずるに由ないものであるとの旨を説示し、結局拘禁されている監房の外へ脱出しない限りは逃走について実行の着手がないと判示しているのであるけれども、右は明らかに法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

よつて考察するに、刑法第九十八条の加重逃走罪は、拘禁場又は械具の損壊若しくは暴行脅迫の行為と逃走の行為とが結合して一個の構成要件をなし、右の各行為はいずれも独立しても罪となるべきものであるから、右数種の行為を結合した加重逃走罪はいわゆる結合犯と解すべきところ(但し、二人以上通謀して逃走する場合を除く)、結合犯における実行の着手は、逃走の目的をもつてその手段としての損壊若しくは暴行脅迫の開始されたときにこれを認めるのが相当である。そこで、これを本件の場合についてみると、被告人両名は同房の未決囚中原正道を加えて三人の間で監房を脱出して逃走せんことを相謀り、逃走の目的をもつて第四十三房西側外窓(既に左側窓枠の網の金留釘が三本抜き取られていたもの)に取り付けられた金網の留釘を交互にペンチで抜き取ろうとし、或は、右窓枠下辺に在る金網の縁の太い針金を交互にバールで二ヶ所持ち上げる(当審検証調書添付の写真第八、第九参照)等して右外窓の金網や鉄格子の取りこわしに渾身の努力を払つたことが明らかであるから、この段階において、既に実質的にも拘禁作用の侵害が開始されたものとみるべきことは当然であり、従つて被告人両名について加重逃走罪の実行の着手があつたというに何ら妨げはないものといわなければならない。然るに、原判決は被告人等が第四十三房から脱出しない限り逃走の実行の着手がないと判示したのは、法令の解釈適用を誤つたものというべく、右の誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨は結局理由があり、原判決中被告人新谷厚に関する無罪部分及び被告人森明広に関する部分はこの点において破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に則り原判決中被告人新谷厚に関する無罪部分及び被告人森明広に関する部分を破棄し、同法第四百条但書に従い当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人新谷厚は昭和三十五年九月五日金沢簡易裁判所裁判官の発した勾留状により、被告人森明広は同月十六日同裁判所裁判官の発した勾留状によりいずれも金沢刑務所拘置場第四十三房に未決の囚人として収容されていたものであるところ、被告人両名は同房の中原正道と共謀のうえ右居房の外窓を破壊して逃走せんことを企て、同年十一月三十日午後八時過頃右拘置場第四十三房の西側外窓(既に左側窓枠の金網の留釘が三本抜き取られていたもの)に取り付けられた金網の留釘を交互にペンチで抜き取ろうとし、或は、右窓枠下辺に在る金網の縁の太い針金を交互にバールで二ヶ所持ち上げる(当審検証調書添付の写真第八、第九参照)等して右外窓の金網や鉄格子をその取付部分から取りこわそうとしたが、取りこわしに失敗したため逃走の目的を遂げるに至らなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

被告人森明広は昭和三十五年十月二十八日金沢地方裁判所において窃盗罪及び業務上横領罪により懲役十月に処せられ、右裁判は同年十二月六日確定したものであつて、右の事実は検察事務官作成の被告人森明広に関する前科調書の記載によりこれを認める。

なお、念のため附言すると、本件の場合被告人両名が逃走の目的で判示の如く、ペンチ、バールを使用して監房西側外窓に取り付けられた金網並びに鉄格子を取りこわそうとして、その取付部位に対し房内から物質力を加える行為があれば、本件加重逃走罪につき逃走の実行の着手があつたものというに何ら妨げないことは既に説示のとおりであるけれども、かかる場合とくに留意しなければならないことは、前記損壊を開始したと目すべき行為が逃走の目的に出たものと認定するにあたつて極めて慎重でなくてはならないという点である。ところが、本件においては、被告人両名の直接的行動として判示の如き行為があつた外、さらに所論の如く、原審相被告人南出正雄をしてなさしめた監房の鍵の窃取から拘置場入口の施錠の解放など一連の事実が存し、しかも、被告人等は右南出が拘置場入口の施錠をはずして侵入し第四十三房入口の施錠をはずしてくれるのを、心待ちにしているうち南出が逮捕されたことを聞知し、ここに始めて逃走が失敗に終つたことを覚るに至つたものであることが明らかであるから、右南出をしてなさしめた一連の行為はもとより本件加重逃走罪の実行行為の一部と目すべきものでないにしても、本件における被告人両名及び中原正道の逃走目的が確固たるものであることを認め得る重要な間接証拠となるべきものといわなければならない。従つて、当裁判所は判示事実を認定するにあたり、前掲各証拠に現われた被告人等が南出正雄をしてなさしめた一連の行為をも参酌したうえ、被告人等の判示所為をもつて逃走の目的に出たものと認定するに至つたものである。

(法令の適用)

被告人新谷厚の判示所為は刑法第九十八条第百二条第六十条に該当するから所定刑期範囲内で同被告人を懲役五月に処し、被告人森明広の判示所為は同法第九十八条第百二条第六十条に該当するところ、右は既に確定裁判を経た前示窃盗罪及び業務上横領罪と同法第四十五条後段の併合罪であるから同法第五十条により未だ裁判を経ない本件加重逃走未遂罪につき更に処断することとし、その所定刑期範囲内で同被告人を懲役五月に処し、原審及び当審における訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い主文末項掲記のとおり被告人等に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判官 山田義盛 堀端弘士 内藤丈夫)

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